退職は続くよ、どこまでも
「また、辞めてしまいました」
その報告を聞いた瞬間、
寂しさ、悲しさ、怒りといった感情より先に、どっと疲れが出る。
そんな感覚を覚えた社長も多いのではないでしょうか。
求人を出し、
時間を割いて面接をし、
ようやく採用できたと思った矢先。
今度こそ、と期待していた人材が、
半年も経たずに辞めてしまう。
何がいけなかったのかを考える。
採用条件か、教育のやり方か、指導の仕方か。
でも正直なところ、
「もう、何を直せばいいのかわからない」
そんな気持ちになることありませんか。
怒鳴ったわけでもない。
無理な要求をしたつもりもない。
どちらかというと大切に育ててきた。
それでも会社を去っていく。
そのたびに、
また募集をかけ、
また一から説明をして、
また同じことを繰り返す。
努力が積み上がらず、毎回リセットされる感覚。
これが、今の多くの社長が抱えている本音ではないでしょうか。
実はこの問題、
「最近の若い人の問題」でも、
「社長のマネジメント能力」の問題でもありません。
人が短期間で辞めてしまう会社には、
共通して起きている構造的な問題があります。
この回では、
なぜ人が続かないのかを感情論で片づけず、
会社の中で何が起きているのかを整理していきます。
辞める理由は「本音」では語られない
定着率を高めるため、今後の参考として、退職面談やアンケートを行っているところがあります。
でも、そこで挙げられる理由は、
どの会社でも、驚くほど似通っています。
- 「家庭の事情で」
- 「別のことに挑戦したくなって」
- 「自分には合わないと思った」
これらは、全部嘘というわけではありません。
ただし、多くの場合、それが“本音そのもの”とは限らないのです。
なぜなら、辞める側にとって退職の場面は、
本音を率直に語るには、あまりに条件が整っていないからです。
波風を立てたくない、気まずくなりたくない、
あるいは、自分でもうまく言葉にできていない。
そうした事情が重なり、無難で説明しやすい理由が選ばれます。
結果として、会社に残るのは
「もっと成長したかった」「忙しかった」「人間関係が合わなかった」
といった、表層的で再現性の低い言葉です。
ここで注意したいのは、
その理由をいくら集めても、
次の退職を防ぐ手がかりにはなりにくい、という点です。
本音が語られていない以上、
見えている理由だけを手直ししても、
同じことは、形を変えて繰り返されます。
退職の問題を考えるとき、
まず必要なのは
「なぜ辞めたのか」を深掘りすることではなく、
なぜ本音が語られない状態になっているのか
その前提に目を向けることです。
問題は「個人」ではなく「関係性」で起きている
退職が続くと、どうしても
「この人が合わなかったのではないか」
「最近の若い人は我慢ができない」
といった、個人の問題として考えたくなります。
その気持ちは自然ですし、現場感覚としても理解できます。
ただ、退職が一人で終わらず、何度も繰り返されているのであれば、
視点を少し変える必要があります。
注目すべきなのは、
「誰が辞めたか」ではなく、
その会社の中で、どんな関係性がつくられていたかです。
ここでいう関係性とは、
仲が良い・悪いといった感情論ではありません。
- 何が期待されているのか
- どこまでが裁量で、どこからが指示なのか
- 困ったとき、誰に相談できるのか
こうした仕事の前提や距離感が、
日常のやり取りの中で、きちんと共有されていたかどうか。
これが曖昧なままだと、関係性はすり減っていきます。
関係性が壊れると、
人は不満をぶつける前に、距離を取るようになります。
相談しなくなる。
確認しなくなる。
そして、ある日突然、辞めるという選択をする。
このとき、会社側から見えるのは
「急な退職」「予兆のない離職」です。
しかし、本人の中では、
関係性が少しずつ切れていった結果であることがほとんどです。
退職を個人の資質や根性の問題として捉えている限り、
同じことは、また別の人で起きます。
退職が続く会社では、
人が辞めているのではなく、関係性が先に終わっている。
まずは、この前提に立つことが、次の一歩になります。
期待と現実のズレは、入社前から始まっている
退職が続く会社を見ていくと、
多くの場合、問題は入社してからではなく、
入社する前にすでに芽を出しています。
採用の場面では、どうしても
「良いところを伝えたい」
「できるだけ前向きな話をしたい」
という気持ちが働きます。
それ自体は、悪いことではありません。
ただ、その結果として、
仕事の大変さや、求められる役割、
暗黙のルールといった部分が、
十分に共有されないまま入社が決まることがあります。
一方、応募者側も同じです。
本音では不安を感じていても、
「ここで聞いたら評価が下がるかもしれない」
そんな思いから、疑問を飲み込んでしまう。
こうして、
お互いに聞けなかったこと、言わなかったことが積み重なり、
入社後、少しずつズレとして表に出てきます。
「思っていた仕事と違った」
「こんなやり方だとは知らなかった」
「聞いていた話と、現場が違う」
これらは、能力や意欲の問題ではありません。
入社前に共有されていなかった前提のズレが、
時間をかけて顕在化しているだけです。
そして厄介なのは、
このズレがある程度進むまで、
本人も会社も、はっきりとは気づかないことです。
違和感はあっても、
「自分の努力が足りないのかもしれない」
「もう少し続ければ慣れるはずだ」
そうやってやり過ごしているうちに、
ある日、限界が来る。
退職は、その瞬間に起きた出来事に見えますが、
実際には、入社前から始まっていたズレの帰結であることがほとんどです。
だからこそ、
退職を防ごうとするとき、
入社後のフォローだけを厚くしても、
問題は根本から解消されません。
まず見直すべきなのは、
「採用できたか」ではなく、
どんな前提のもとで、入社してもらっていたのかです。
仕事内容や条件だけでなく、
その職場がどんな特徴を持っているのか。
そして、どんなルールの中で仕事が進むのか。
- スピードを重視する職場なのか
- 丁寧さや調整を大切にする職場なのか
- 自分で考えて動くことを求められるのか
- 指示を待つほうがやりやすい環境なのか
- どこまでが裁量で、どこからが確認事項なのか
- 暗黙の了解として守られているルールは何か
こうした職場の性格やルールが共有されないまま入社すると、
ズレは時間差で必ず表に出てきます。
退職は、
入社後に突然起きた出来事ではありません。
入社前に共有されなかった前提が、
少しずつ積み重なった結果なのです。
気がついたら10年、20年が生まれる職場
退職というと、
「不満が爆発した結果」
「感情的な決断」
と捉えがちです。
しかし実際には、
多くの退職はもっと静かで、
本人にとっては合理的な判断として行われています。
仕事が極端につらいわけではない。
人間関係が決定的に悪いわけでもない。
それでも、ある時点でふと、
こんな感覚が生まれる。
「この先も、ここで続ける意味が見えない」
この感覚が一度芽を出すと、
人は「辞める理由」を探し始めます。
それは、辞めるための言い訳ではなく、
辞めるという判断を、自分の中で整理する作業です。
重要なのは、
この段階ではまだ、強い不満がないのに、
「辞める」という選択肢を意識し始める点です。
- この職場で、何が身につくのか
- 自分は、どんな役割を期待されているのか
- この先、どこに向かっていくのか
こうした問いに、
明確な答えが見えない状態が続くと、
人は少しずつ、心の中で距離を取り始めます。
そして、転職情報など、
ほかの選択肢が目に入ったとき
「今すぐでなくてもいいけれど」
「ここでなくてもいいのではないか」
という判断が、現実味を帯びてくる。
このとき、
会社側が想定しているほど、
本人の決断は衝動的ではありません。
むしろ、
続ける意味が見えない状態が、一定期間続いた結果として、
退職は選ばれています。
だから、
評価制度を整える、
給与を見直す、
働きやすさを改善する。
こうした取り組みも大切ですが、
それだけでは「続ける意味」にはなりません。
人が会社に残るのは、
条件が良いからだけではなく、
この場所で、自分は何者として存在しているのかが
見えているときです。
退職を考える人が増えてきたとき、
問うべきなのは
「何が不満なのか」ではなく、
「ここで続ける意味が、見えているか」。
この視点を持てるかどうかで、
その後の対応は、大きく変わってきます。
ここで誤解しやすいのは、
「続ける意味」とは、
常に前向きで積極的な気持ちを指すわけではない、という点です。
中小企業の現場では、
働き続けること自体が、
強い意欲や高いモチベーションに支えられているケースばかりではありません。
最初はやる気があったとしても、
その気持ちは、日々の忙しさや現実の中で、
少しずつ薄れていくのが自然です。
それでも辞めずにいられる人がいるのは、
「続けたい理由」があったからというより、
続けられる環境が保たれていたから、という場合が多い。
無理なく働ける。
関係性が極端に壊れない。
自分の居場所が、完全には失われない。
そうした状態が続いていると、
人は「辞めない」という判断を、
積極的に選び続けているわけではありません。
結果として、
気がついたら10年、20年が経っていた。
そんな働き方を支えているのは、
強い動機ではなく、
辞めずにいられる環境であることが少なくありません。
退職が続く会社で、同じことが繰り返される理由
退職が続くと、会社は必ず何かしらの対策を講じます。
採用方法を見直す。
面談の回数を増やす。
教育や研修を強化する。
どれも間違った対応ではありません。
それでも、しばらくすると、
また同じ悩みが持ち上がる。
「今回こそは大丈夫だと思ったのに」
「なぜ、また同じことが起きるのか」
このとき、多くの会社で起きているのは、
やり方は変わったけれど、環境はほとんど変わっていない
という状態です。
退職をきっかけに見直されるのは、
採用基準や教育内容であることがほとんどです。
一方で、日々の仕事の進め方や、
人との関わり方、暗黙の前提は、
ほとんど手をつけられないまま残ります。
その状態のまま新しく人を採用しても、
現場では何も変わっておらず、
人が辞めていく前提や空気が残ったままの環境で、
働くことになります。
入社前に共有されていなかった前提や、
現場との関係性のズレ、
そして、続けるにはしんどいと感じる日常。
そうしたものが重なることで、
本人もはっきり自覚しないまま、
「退職」という選択肢を、少しずつ検討し始めることにつながります。
もう一つ、見落とされがちなのが、
受け入れる現場の側も、ほとんど変わらないまま
である、という点です。
新しく人が入ると、
現場は一時的に気を遣います。
仕事を教え、様子を見て、声もかける。
けれど、忙しさが戻ると、
新人に目を向ける余裕はなくなり、
教え方や関わり方も、次第に後回しになります。
現場としては、
「特別扱いはできない」
「いつものやり方に戻っただけ」
という感覚かもしれません。
しかし新しく入った人にとっては、
それは
質問しづらく、相談しづらい状態に戻った
と感じられることがあります。
だからといって、
現場が大きく変わることを求めるわけではありません。
質問しやすいか。
困ったときに声を上げられるか。
判断に迷ったとき、誰に聞けばいいか。
こうした小さな前提が、
受け入れる側で共有されているかどうか。
人が定着するかどうかは、
制度や施策よりも、
現場の日常の振る舞いに左右されていることが少なくありません。
会社側から見ると、
「人が定着しない問題」が繰り返されているように見えます。
しかし実際には、
同じ環境の中で、同じ判断が再生産されているだけです。
ここで重要なのは、
「誰が悪いか」を探すことではありません。
問題は、
人が辞めたあとに、
何が変わり、何が変わらなかったのか。
別の人を採用しても、
辞める前提や空気が残ったままであれば、
結果は大きく変わりません。
退職が続く会社では、
対策が足りないのではなく、
見直す場所がズレていることが多い。
このズレに気づかない限り、
採用と退職は、
同じサイクルを何度も繰り返すことになります。
対策の前に見直してほしいこと
ここまで見てきたように、
退職が続く理由は、
一人ひとりの問題や、
採用や教育の不足だけではありません。
多くの場合、
人が辞めていく前提や空気が残ったまま、
新しい人を迎え入れていることにあります。
だからといって、
大きな制度改革をしたり、
現場を一気に変えたりする必要はありません。
見直すべきなのは、
「対策」ではなく、
前提です。
- この職場では、何が当たり前になっているのか
- 困ったとき、誰に聞けばいいことになっているのか
- 判断に迷ったとき、どうするのが正解とされているのか
こうした前提が、
言葉にされないまま、
人によって違う形で受け取られていないか。
そしてもう一つ、
大切なのは、
現場もまた、変化の当事者であるという認識です。
新しく人を迎え入れるたびに、
現場は少しだけ、
関わり方を調整する必要があります。
特別なことをする必要はありません。
ただ、
- ここまでは聞いていい
- ここからは確認が必要
- 困ったら、まず誰に声をかければいい
そうした最低限の前提を、
その都度、すり合わせる。
それだけでも、
「辞めることを前提にした環境」は、
少しずつ崩れていきます。
退職を止める特効薬はありません。
けれど、
人が辞める構造に目を向け、
前提を整え続けることはできます。
人が辞めるかどうかは、
誰かの努力や根性だけで決まるものではありません。
続けられる環境が、日常の中で保たれているか。
その積み重ねが、結果を分けます。
退職が続いているときほど、
「次は誰を採るか」ではなく、
どんな前提の職場になっているか。
そこから、見直してみませんか。